北原白秋(18)



吹雪の晩


吹雪の晩です 夜更けです どこかで よがもが 鳴いてます
あかりも チラホラ 見えてます
わたしは見てます 待ってます なんだか そわそわ 待たれます
うちでは 時計も鳴ってます

鈴です 鳴ります 聞こえます あれあれ そりです もう来ます
いえいえ 風です 吹雪です
それでも 見てます 待ってます なにかが 来るよな 気がします
遠くで よがもが 鳴いてます

北原白秋(17)



この道


この道はいつか来た道
ああ そうだよ あかしやの花が咲いてる

あの丘は いつか見た丘
ああ そうだよ ほら 白い時計台だよ

この道はいつか来た道
ああ そうだよ お母さまと馬車で行ったよ

あの雲もいつか見た雲
ああ そうだよ 山査子の枝も垂れてる 

北原白秋(16)



ペチカ

雪のふる夜は たのしいペチカ
ペチカ 燃えろよ お話しましょ
むかし むかしよ 燃えろよ ペチカ

雪の降る夜は たのしいペチカ
ペチカ 燃えろよ おもては寒い
栗や 栗やと 呼びます ペチカ
 
雪の降る夜は たのしいペチカ
ペチカ 燃えろよ じき春来ます
いまに やなぎも 萌えましょペチカ

雪の降る夜は たのしいペチカ
ペチカ 燃えろよ だれかが来ます
お客様でしょ うれしい ペチカ
 
雪の降る夜は たのしいペチカ
ペチカ 燃えろよ お話しましょ
火の粉ぱちぱち はねろよ ペチカ

北原白秋(15)



 クリスマスがきますわい

右や左や、クリスマス。
がちょうがふとってめえりやす。
どうぞや一ペンニイ、
じいめが帽子にほうりこんでくだされ。
一ペンニイがおいやなら半ペンニイでもようござる。
半ペンニイでもないならば、
ごきげんよろしゅう、だんなさま。

(まざあ・ぐうす)

北原白秋(14)



 月の中の人

月の中の人が、
ころがっておちて、
北へゆく道で、
南へいって、
凝えた豌豆汁で、
お舌をやいてこォがした。

(まざあ・ぐうす)

北原白秋(13)



 くるみ

ちいさな緑のお家がひとつ。
ちいさな緑のお家の中に、
ちいさな金茶のお家がひとつ。
ちいさな金茶のお家の中に、
ちいさな黄色いお家がひとつ。
ちいさな黄色いお家の中に、
ちいさな白いお家がひとつ。
ちいさな白いお家の中に、
ちいさな心がただひィとつ。

(まざあ・ぐうす)

北原白秋(12)



二人


夏の日の午後…………
瓦には紫の
薊ひとりかゞやき、
そことなしに雲が浮ぶ。

酒倉の壁は
二階の女部屋にてりかへし、
痛いやうに針が動く、
印度更紗のざくろの實。

暑い日だつた。
默つて縫ふ女の髪が、
その汗が、溜息が、
奇異な切なさが…………

惱ましいひるすぎ、
人形の首はころがり、
黒い蝶の斷れた翅、
その粉の光る美くしさ、怪しさ。

たつた二人、…………
何か知らぬこころに
九歳の兒が顫へて
そつと閉めた部屋の戸。

北原白秋(11)



 青いとんぼ


青いとんぼの眼を見れば
緑の、銀の、エメロウド、
青いとんぼの薄き翅
燈心草の穗に光る。

青いとんぼの飛びゆくは
魔法つかひの手練かな。
青いとんぼを捕ふれば
女役者の肌ざはり。

青いとんぼの奇麗さは
手に觸るすら恐ろしく、
青いとんぼの落つきは
眼にねたきまで憎々し。

青いとんぼをきりきりと
夏の雪駄で蹈みつぶす。

北原白秋(10)




斷章


 一

今日もかなしと思ひしか、ひとりゆふべを、
銀の小笛の音もほそく、ひとり幽かに、
すすり泣き、吹き澄ましたるわがこころ、
薄き光に。

北原白秋(9)






柔かなる月の出に
生じろき百合の根は匂ひいで、
鴉の鳴かで歩みゆく畑、
その畑に霜はふる、銀の薄き疼痛…………

過ぎし日は苦き芽を蒔きちらし、
沈默はうしろより啄みゆく、
虎列拉病める農人の厨に
黄なる灯の聲もなくちらつけるほど。

霜はふる、土龍の死にし小徑に、
かつ黒き鳥類の足あとに、故郷のにほひに、
霜はふる、しみじみと鍼をもてかいさぐりゆく
盲鍼醫の觸覺のごと、

思ひ出の月夜なり、銀の痛き鍍金に、
薄青き光線の暈かけて慄く夜なり。
放埓のわが悔に、初戀の清き傷手に、
秘密おほき少年のフアンタジヤに。

霜はふる。
ややにふる、
來るべき冬の日の幻滅…………

北原白秋(8)


photo by yoshihiro ohmura

糸車


糸車、糸車、しづかにふかき手のつむぎ
その糸車やはらかにめぐる夕ぞわりなけれ。
金と赤との南瓜のふたつ轉がる板の間に、
「共同醫館」の板の間に、
ひとり坐りし留守番のその媼こそさみしけれ。

耳もきこえず、目も見えず、かくて五月となりぬれば、
微かに匂ふ綿くづのそのほこりこそゆかしけれ。
硝子戸棚に白骨のひとり立てるも珍らかに、
水路のほとり月光の斜に射すもしをらしや。
糸車、糸車、しづかに默す手の紡ぎ、
その物思やはらかにめぐる夕ぞわりなけれ。

北原白秋(7)



 薊の花


今日も薊の紫に、
刺が光れば日は暮れる。
何時か野に來てただひとり
泣いた年増がなつかしや。

北原白秋(6)



 青い小鳥


知らぬ男のいふことに、
青い小鳥よ、樫の木づくり、わしの寢床が見馴れたら
せめて入日につまされて鳴いておくれよ、籠の鳥、
牛乳が好きなら牛乳飮まそ、
野芹つばなも欲しかろがわしの身體ぢやままならぬ。
何がさみしいカナリヤよ、
――よしやこの身が赤い血吐いていまに死なうとそなたは他人。
じつと默んだ嘴にケレオソートが沁むかいな。

死んだ娘のいふことに、
青い小鳥よ、擔荷の上のわしの姿が見えぬとて
ひとの涙のうしろからちらと鳴くのか、籠の鳥、
弔むそなたの眞實は
金の時計か、襟どめか、惜しい指輪の玉であろ。
何がかなしいカナリヤよ、
――よしやこの身が解剖をされて墓へかへろとそなたは他人。
やつといまごろ鳴いたとて死んだ肌がなんで知ろ。

わしの從兄弟がいふことに
青い小鳥よ、樫の木づくり、おなじ寢どこに三人まで
死ぬる命の贐に鳴いて暮らすか、籠の鳥、
ケレオソートにや馴染みもしよが、
いつも馴染まぬ人の眼が今ぢやそなたも厭であろ。
何がせはしいカナリヤよ。
――よしやこの身が冷たくなろと息が締れよとそなたは他人。
死なぬさきから鳴かうとままよ、あとの二日でわしも死ぬ…………

北原白秋(5)


photo by yoshihiro ohmura

  君

かかる野に
何時かありけむ。
仏手柑の青む南国
薫る日の光なよらに
身をめぐりほめく物の香、
鳥うたひ、
天もゆめみぬ。

何時の世か
君と識りけむ。
黄金なす髪もたわたわ、
みかへるか、あはれ、つかのま
ちらと見ぬ、わかき瞳に
にほひぬる
かの青き花。

北原白秋(4)



   青き花

そは暗きみどりの空に
むかし見し幻なりき。
青き花
かくてたづねて、
日も知らず、また、夜も知らず、
国あまた巡りありきし
そのかみの
われや、わかうど。

そののちも人とうまれて、
微妙くも奇しき幻
ゆめ、うつつ、
香こそ忘れね、

かの青き花をたづねて、
ああ、またもわれはあえかに
人の世の
旅路に迷ふ。

北原白秋(3)



  空に真赤な

空に真赤な雲のいろ。
玻璃に真赤な酒の色。
なんでこの身が悲しかろ。
空に真赤な雲のいろ。

北原白秋(2)


photo by yoshihiro ohmura

  室内庭園

晩春の室の内、
暮れなやみ、暮れなやみ、噴水の水はしたたる……
そのもとにあまりりすに赤くほのめき、
やはらかにちらぼへるヘリオトロオブ。
わかき日のなまめきのそのほめき静こころなし。

尽きせざる噴水よ………
黄なる実の熟るる草、奇異の香木、
その空にはるかなる硝子の青み、
外光のそのなごり、鳴ける鶯、
わかき日の薄暮のそのしらべ静こころなし。

いま、黒き天鵝絨の
にほひ、ゆめ、その感触………噴水に縺れたゆたひ、
うち湿る革の函、饐ゆる褐色
その空に暮れもかかる空気の吐息……
わかき日のその夢の香の腐蝕静こころなし。
三層の隅か、さは
腐れたる黄金の縁の中、自鳴鐘の刻み……
ものなべて悩ましさ、盲ひし少女の
あたたかに匂ふかき感覚のゆめ、
わかき日のその靄に音は響く、静こころなし。

晩春の室の内、
暮れなやみ、暮れなやみ、噴水の水はしたたる……
そのもとにあまりりす赤くほのめき、
甘く、またちらぼひぬ、ヘリオトロオブ。
わかき日は暮るれども夢はなほ静こころなし。

北原白秋(2)


photo by yoshihiro ohmura

  空に真赤な

空に真赤な雲のいろ。
玻璃に真赤な酒の色。
なんでこの身が悲しかろ。
空に真赤な雲のいろ。

北原白秋



  邪宗門秘曲

われは思ふ、末世の邪宗、切支丹でうすの魔法。
黒船の加比丹を、紅毛の不可思議国を、
色赤きびいどろを、匂鋭きあんじやべいいる、
南蛮の桟留縞を、はた、阿刺吉、珍酡の酒を。

目見青きドミニカびとは陀羅尼誦し夢にも語る、
禁制の宗門神を、あるはまた、血に染む聖磔、
芥子粒を林檎のごとく見すといふ欺罔の器、
波羅葦僧の空をも覗く伸び縮む奇なる眼鏡を。

屋はまた石もて造り、大理石の白き血潮は、
ぎやまんの壺に盛られて夜となれば火点るといふ。
かの美しき越歴機の夢は天鵝絨の薫にまじり、
珍らなる月の世界の鳥獣映像すと聞けり。

あるは聞く、化粧の料は毒草の花よりしぼり、
腐れたる石の油に画くてふ麻利耶の像よ、
はた羅甸、波爾杜瓦爾らの横つづり青なる仮名は
美くしき、さいへ悲しき歓楽の音にかも満つる。

いざさらばわれらに賜へ、幻惑の伴天連尊者、
百年を刹那に縮め、血の磔脊にし死すとも
惜しからじ、願ふは極秘、かの奇しき紅の夢、
善主麿、今日を祈に身も霊も薫りこがるる。


日々の戒め(70)


photo by yoshihiro ohmura

自分自身に克って、他人を自分と同じように尊重し、己の欲するところを人に施すこと。これこそ、仁愛の教えと言っていい。これより高い教えは一つもない。
(孔子)

萩原朔太郎(21)


photo by yoshihiro ohmura

 金魚

金魚のうろこは赤けれども
その目のいろのさびしさ。
さくらの花はさきてほころべども
かくばかり
なげきの淵に身をなげすてたる我の悲しさ。

萩原朔太郎(20)


photo by yoshihiro ohmura

 月光と海月

月光の中を泳ぎいで
むらがるくらげを捉へんとす
手はからだをはなれてのびゆき
しきりに遠きにさしのべらる
もぐさにまつはり
月光の水にひたりて
わが身は玻璃のたぐひとなりはてしか
つめたくして透きとほるもの流れてやまざるに
たましひは凍えんとし
ふかみにしづみ
溺るるごとくなりて祈りあぐ。

かしこにここにむらがり
さ青にふるへつつ
くらげは月光のなかを泳ぎいづ。

萩原朔太郎(19)



 櫻

櫻のしたに人あまたつどひ居ぬ
なにをして遊ぶならむ。
われも櫻の木の下に立ちてみたれども
わがこころはつめたくして
花びらの散りておつるにも涙こぼるるのみ。
いとほしや
いま春の日のまひるどき
あながちに悲しきものをみつめたる我にしもあらぬを。

萩原朔太郎(18)



 旅上

ふらんすへ行きたしと思へども
ふらんすはあまりに遠し
せめては新しき背廣をきて
きままなる旅にいでてみん。
汽車が山道をゆくとき
みづいろの窓によりかかりて
われひとりうれしきことをおもはむ
五月の朝のしののめ
うら若草のもえいづる心まかせに。

萩原朔太郎(17)



こころ

こころをばなににたとへん
こころはあぢさゐの花
ももいろに咲く日はあれど
うすむらさきの思ひ出ばかりはせんなくて。

こころはまた夕闇の園生のふきあげ
音なき音のあゆむひびきに
こころはひとつによりて悲しめども
かなしめどもあるかひなしや
ああこのこころをばなににたとへん。

こころは二人の旅びと
されど道づれのたえて物言ふことなければ
わがこころはいつもかくさびしきなり。

萩原朔太郎(16)



夜汽車

有明のうすらあかりは
硝子戸に指のあとつめたく
ほの白みゆく山の端は
みづがねのごとくにしめやかなれども
まだ旅びとのねむりさめやらねば
つかれたる電燈のためいきばかりこちたしや。
あまたるきにすにすのにほひも
そこはかとなきはまきたばこの烟さへ
夜汽車にてあれたる舌には侘しきを
いかばかり人妻は身にひきつめて嘆くらむ。
まだ山科は過ぎずや
空氣まくらの口金をゆるめて
そつと息をぬいてみる女ごころ
ふと二人かなしさに身をすりよせ
しののめちかき汽車の窓より外をながむれば
ところもしらぬ山里に
さも白く咲きてゐたるをだまきの花。

萩原朔太郎(15)




孤独

田舎の白つぽい道ばたで、
つかれた馬のこころが、
ひからびた日向の草をみつめてゐる、
ななめに、しのしのとほそくもえる、
ふるへるさびしい草をみつめる。

田舎のさびしい日向に立つて、
おまへはなにを視てゐるのか、
ふるへる、わたしの孤独のたましひよ。

このほこりつぽい風景の顔に、
うすく涙がながれてゐる。

萩原朔太郎(14)



天景

しづかにきしれ四輪馬車、
ほのかに海はあかるみて、
麦は遠きにながれたり、
しづかにきしれ四輪馬車。
光る魚鳥の天景を、
また窓青き建築を、
しづかにきしれ四輪馬車。

萩原朔太郎(14)



見しらぬ犬

この見もしらぬ犬が私のあとをついてくる、
みすぼらしい、後足でびつこをひいてゐる不具の犬のかげだ。

ああ、わたしはどこへ行くのか知らない、
わたしのゆく道路の方角では、
長屋の家根がべらべらと風にふかれてゐる、
道ばたの陰気な空地では、
ひからびた草の葉つぱがしなしなとほそくうごいて居る。

ああ、わたしはどこへ行くのか知らない、
おほきな、いきもののやうな月が、ぼんやりと行手に浮んでゐる、
さうして背後のさびしい往来では、
犬のほそながい尻尾の先が地べたの上をひきずつて居る。

ああ、どこまでも、どこまでも、
この見もしらぬ犬が私のあとをついてくる、
きたならしい地べたを這ひまはつて、
わたしの背後で後足をひきずつてゐる病気の犬だ、
とほく、ながく、かなしげにおびえながら、
さびしい空の月に向つて遠白く吠えるふしあはせの犬のかげだ。

萩原朔太郎(13)





光る地面に竹が生え、
青竹が生え、
地下には竹の根が生え、
根がしだいにほそらみ、
根の先より繊毛が生え、
かすかにけぶる繊毛が生え、
かすかにふるえ。

かたき地面に竹が生え、
地上にするどく竹が生え、
まつしぐらに竹が生え、
凍れる節節りんりんと、
青空のもとに竹が生え、
竹、竹、竹が生え。