法明寺

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小雨が降る6月の日曜日、足久保の法明寺に行ってきた。街中からここに行くには、安西橋を渡ってすぐに右折、安倍川沿いの道を北に向かって走り、新東名高速をくぐって足久保川を越したら、足久保口組から美和街道を足久保川に沿って進む。美和街道を10分くらい車で走って、法明寺と書かれた小さな看板をみつけたら右手に折れて、足久保川にかかる橋を渡る。ここがわかりにくい。看板を見落としてしまう。橋を渡ると、左右に道は分かれているけど、どちらに行ったらいいのかわからない。上流の方だろうなと、勘を頼りに心細いまま進む。すると足坏神社とかかれた看板が目に入る。山を背にして鳥居らしきものがある。車を止めて、近づいてみる。これは神社だ、お寺ではない。

 

 

後で調べると、ここは足坏(あしつき)神社というのだそうだ。創建は奈良時代らしいが、詳しいことはわからない。しっかりお参りはしてきた。この神社の横に、SATOというカフェレストランがある。わからないままウロウロするのもおかしいので、昼食をいただきながら、法明寺の場所を聞くことにした。あと少し進めば、法明寺はあるそうだ。このカフェレストランは、工場のような建物を改装した感じで、ちょっと洒落ている。食事の写真はあとで載せよう。

 

 

細い道を車で登ればすぐについた。周囲は何もない。山ばかりがあるだけだ。こういうのを山寺というんだね。駐車場から細くて苔むした石を積み重ねた段々が山門に向かって伸びている。両脇の花木や石垣の様が荒々しく、鄙びた感じがして風情がある。特にこの季節は草木が勢いを増しているようだ。この法明寺は、723年に行基上人によって開かれた。まだ皇子であった聖武天皇が重い病になり陰陽師が占ったところ、都の東の国にある大楠がその寿命が尽きようとしており、命尽きた後も仏像となってこの世にとどまりたいという強い思いが病を引き起こしているのだという。そこで役人が調べると、駿河の国に楠の古木があることがわかった。命を受けた行基上人が駿河に下り探し尋ねると、足窪村に一本の大楠があった。上人は暫く眺めた後、道具を取り出して太い幹を切ろうとすると切り口から血が流れ出した。上人は平伏して、切った後は観音様にしてお祀りするからお許しあれと拝み、なお切り続ける。ところが、その切り屑は一日経つとまた元の幹に戻ってしまう。上人は、切り屑を杓子婆に片付けさせ、二十一日かけて七つに切り出し、7体の観音像を作ったという。これが駿河七観音の起源で、残る六体は駿河六箇寺に安置されている。

 

 

山門には、左右に小さいながら仁王像が据えられている。なかなか立派な門だ。

 

 

こちらが本堂。屋根には狛犬、花木の瓦飾りがある。

 

 

こちらは鐘楼。木々に囲まれた中で、優しい音がしそうだ。静けさの中に、鶯の声が響いていた。

 

 

こちらが観音堂。古びた石段と杉の大木のアプローチが、神聖な場所だと告げている。

 

 

この中に、行基上人が刻んだと伝わる観音像が安置されているようだ。中は暗くてよく見えない。軒には、大正の頃の巡礼と思われる一団の写真が飾られていた。合掌礼拝。

 

 

観音堂の脇には、行基菩薩と刻まれた石碑が祀られている。

 

 

観音堂前の石仏。花が活けられているのは、手厚いお祀りの印

 

 

一段上のこちらの石仏にも花が活けられている。まだ新しい花、お祭りするお寺さんのこころが知れる。

 

 

空は曇りで時折雨が落ちてくる。カフェレストランSATOには、法名寺に行く前に立ち寄った。ここは元は木工の工場か何かで、無垢の木材を使ったテーブルや椅子が軒下に並べられて客席としている。席から見える小屋は、木材を利用して作ったオブジェのような小屋で橋で繋げて遊具のようでもある。おしゃれだね。

 

 

ちょうどお昼時だったので、ここで昼食とることにした。エビとトマトのクリームパスタ。とても美味しい。ピザも一緒にと勧められたけど、腹八分目を心がけているのでパスタだけにした、コーヒーはお代わり自由だって。ピザも美味しそうだったなあ。ごちそうさま。意識したわけではないけれど、今日は駿河七観音の第1番にお参りできたので、この際全ての観音様を巡ろうかな、なんて思った。

 

 

 

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