見性寺と中勘助文学記念館

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見性寺は曹洞宗のお寺、山号は楠谷山。ご本尊は如意輪観世音菩薩。藁科街道を上がってカインズを通り越して暫くしたら右手に曲がって突き当たり。大きな木々に守られるように寺はある。ちなみにこの参道の手前には、中勘助文学記念館がある。帰りに寄ってみる。

 

 

参道の途中にある六地蔵様。赤い頭巾に肩掛けが可愛らしい。

 

 

参道の脇の道、その道の一段高くなったところに、輔苦離佛堂(ぽっくりぶつどう)がある。ここにお参りすると安楽往生、延命天寿、身体健全の願いが叶うという。戸が閉まっていて、中は見えない。

 

 

これは永代供養塔だろうか。お地蔵様や墓石が隙間なく並べられている。なかなか迫力だ。

 

 

 

山門から参道がまっすぐ伸びて、階段を上ったところに本堂がある。階段までの参道の両側に、また境内のあちこちに赤い実をつけた南天が植えられている。

 

 

 

 

 

ルビーののような赤い実をたくさんつけている。葉も赤みを帯びているけど、寒いから?

 

 

参道の階段を上ると、右手に大きな鐘つき堂が見える。

 

 

この鐘をついて、輔苦離往生佛にお参りするんだそうだ。ご夫婦で来ていた方がついたら、物凄い音量でグワーンと響いて驚いた。すごい。

 

 

鐘の隣の梅が美しい。梅の花って、きれいだよね。改めて思った。梅は曹洞宗の開祖道元が好んだんだっけ?

 

 

鐘の横の池には、鯉がたくさん泳いでいる。100年棲息の鯉がいるって看板に書かれていたけど、何れかわからない。人面魚のようなものもいる。

 

 

これが本堂だろうか?

 

 

本堂脇の高野槙。秋篠宮悠仁親王のおしるしになったと説明書きがある。この木は直接関係はないだろうけれど、それにしても立派な高野槙だ。

 

 

参道のあちこちにはお地蔵様、仏様があちこちにいる。南無阿弥陀仏。

 

 

 

 

参道を戻って、中勘助文学記念館に行く。かなり前にここに来た時は、こんな立派な記念館ではなかったように思う。市が整備したんだね。平成7年の開館だそうだ。

 

 

内部は、昔懐かしい日本家屋。柱や梁は太くて黒光りしている。

 

 

縁側に古いミシンが置かれていた。

 

 

銀の匙が掲載された新聞。

 

 

夏目漱石からの書簡、何が書かれているのか、字が読めない。かなり崩した字で書かれているように思うけど、昔の人はこれが普通だったんだろうね。

 

 

 

こちらも同じ。

 

 

茅葺屋根の杓子庵。部屋はかなり狭い。畳の部屋と物置のような部屋の二つばかり。

 

 

この茅葺の屋根は、かなり費用が掛かったんじゃないだろうか。だいぶ厚さがある。雨が降っても音がしなくて静かなんじゃないかな。見ていると美しく思えてくる。平成4年に復元されたとか。こういうところで、畑を耕しながら生活するのもいいかもしれない。うちの新間の畑に小屋をつくって住むとしたらどうだろう。もう少し煩悩をなくさないとできないな。中勘助が静岡にいたのは、昭和18年10月から4年半くらい。杓子庵には1年半くらいだそうだ。

 

 

まだまだ修行が足りない。

 

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