日々の戒め(313)



成長とは緩やかな過程であって、爆発的に激しく起こる現象ではない。一つの学問全体を一瞬の爆発的思索によって究めることができないように、瞬間的な改悔によって罪を克服することは不可能である。内的完成の真の手段は、叡智に導かれた不断の忍耐強い努力のみである。
(チャニング)

日々の戒め(312)



習慣はけっして善とは言われない。たとえそれが善き行為の習慣であっても、そうである。善き行為も、習慣となってしまえばもう徳行とは言えない。ただ努力によってえられたものだけが徳なのである。
(カント)

日々の戒め(311)



七十五歳にもなるとときには、死について考えてみないわけにはいかない。死を考えても私は、泰然自若としていられる。なぜなら、われわれの精神は、絶対に滅びることのない存在であり、永遠から永遠に向かってたえず活動していくものだと固く確信しているからだ。それは、太陽と似ており、太陽も、地上にいるわれわれの目には、沈んでいくように見えても、実は、けっして沈むことなく、いつも輝き続けているのだからね。
(ゲーテ)

日々の戒め(310)



性に合わない人たちとつきあってこそ、うまくやっていくために自制しなければならないし、それを通して、われわれの心の中にあるいろいろな側面が刺激されて、発展し完成するのであって、やがて、誰とぶつかってもびくともしないようになるわけだ。
(ゲーテ)

日々の戒め(309)



優秀な人物のなかには、何事も即席ではできず、何事もお座なりにすますことができず、いつも一つ一つの対象をじっくりと深く追求せずにはいられない性質の持ち主がいるものだ。このような才能というものは、しばしばわれわれにじれったい気を起こさせる。すぐさまほしいとねがうものを、彼らはめったにみたしてはくれないからだね。けれども、こういう方法でこそ、最高のものがやりとげられるのだよ。
(ゲーテ)

日々の戒め(308)



私の切なる願いは、けっして怒らないこと、常に真実を語ること、しかもそれを愛情を持って、何人をも傷つけないように語ること、忍耐心のない人々に忍耐を持って接すること、情欲に没する人々のなかにあって情欲から自由であること、以上が私の切なる願いである。
(「法句経」)

日々の戒め(307)



叡智は孤独裡の精神活動によって、また人なかで汝自らを思うことによって獲得される。
(トルストイ)

日々の戒め(306)



「いつももっぱら小さな対象ばかりを相手にし、その日その日に提供されるものを即座にてきぱきとこなしていけば、君は当然いつでもよい仕事をはたして、毎日が君に喜びを与えてくれることになるだろうよ。」
(ゲーテ)

日々の戒め(305)



いかなる名誉も期待することなく、汝がなすべきと思うことをなせ。愚者は善き行為の悪しき批判者であることを忘れるな。
(トルストイ)

日々の戒め(304)



それ何ごとも隠されて顕われざるはなく、秘められて、ついに知られず、明らかにせられざるはなし。
(「ルカ伝」第八章十七節)