May 2018  |  01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31

日々の戒め(114)



人間はけだかくあれ、
情けぶかくやさしくあれ!
そのことだけが、われらの知っている
一切のものと
人間とを区別する。
(ゲーテ)

日々の戒め(113)



人間の最大の値打ちは、人間が外界の事情にできるだけ左右されず、できるだけこれを左右するところにある。世界の一切は、建築家の前にある大きな石切場と同じように、われわれの前に横たわっている。建築家の本領は、この偶然自然の石塊から、できるだけ経済的に、目的にかなうように、しっかりと、自分の心の中に生じた原型を作りあげるところにある。われわれの外部にある一切のものは要素に過ぎない。否、われわれにくっついている一切のものも要素に過ぎないといってよいだろう。しかし、われわれの奥深くには、あるべきものを創りだすことのできる創造力がある。その力は、われわれが、あるべきものを、われわれの外部に、あるいはわれわれの身辺に、何らかの方法で現わすまでは、われわれを安らかにさせない。
(ゲーテ)

日々の戒め(112)



すぐれた人で、即席やお座なりには何もできない人がある。そういう人は性質として、その時々の事柄に静かに深く没頭することを必要とする。そういう才能の人からは、目前必要なものをめったに得られないので、われわれはじれったくなる。しかし、もっとも高いものはこうした方法でのみつくられるのである。
(ゲーテ)

日々の戒め(111)



人は深く内省すればするほど、自分自身がつまらぬ者に思われてくるものである。それが叡智に至る最初の一歩である。賢くなるために、まず謙虚になろうではないか。自分の弱さを知ろうではないか。そうすればそれがわれわれに力を与えるであろう。
(チャニング)

日々の戒め(110)



われわれの内部から、あるいは背後から、われわれを透かして光が輝くときわれわれは自分らが無に等しい存在であり、その光が全てであることを知る。われわれが普通、人間と呼ぶところの、食べたり飲んだり坐ったり数えたりする存在は、ほんとの意味での人間をわれわれに示さず、むしろその偽りの姿を示す。真の人間とは、その人のなかにすむ霊である。その人が行いによってその霊を顕彰すれば、われわれはその前に跪くであろう。聖諺に言う、「神は音もなく訪れる」と。つまりそれは、われわれと万物の本源との間に障壁がないということ、結果である人間と原因である神との間に壁がないということである。
(エスマン)

お嬢様、お食事をご一緒に




からすB「ねぇ〜、カノジョ〜。エサくんない?」
からすD「ねぇ〜、エサくんない?」
からすC「君たち、そんなことしてはずかしくありませんか?」
からすB「ねぇ〜、そこの犬を連れたカノジョ〜。かわいいからすにエサあげようよぅ。」
からすD「エサあげようよぅ。」
からすC「ねぇ、君たちにはからすとしての誇りはないのかい?」
からすB「犬なんかより、からすの方がかわいいよぉ〜。」
からすD「かわいいよぉ〜。」
からすC「人間なんて低級な生き物にエサをねだるなんて、最低だな。」
からすB「お〜い、おばさん。聞こえてるのか〜い。エサだよ、エサっ。」
からすD「おい、くそばばぁ、エサって言ってんのがわかんねえのかっ。」
からすC「何でもいいけど、もう少し知的な話し方ができないのかい。」
からすB「エ〜サ、エ〜サ、エ〜サ、エ〜サッ。」
からすD「エ〜サ、エ〜サ、エ〜サ、エ〜サくれ〜。」
からすC「そこの美しいお嬢様。気の利いたレストランで、わたくしとお食事などいかがですか。あ〜、お許しください。あなたが余りにも美しいので、つい失礼を顧みずお声をかけてしまいました。あなたのその美しさが悪いのです。でも、お勘定はおねがいしますね。」

日々の戒め(109)



苦悩は活動への拍車である。そしてわれわれは、活動のなかにのみ生命を感ずる。
(カント)

日々の戒め(108)



真に存在するのは精神的なもののみである。肉体的なものは全て幻影に過ぎない。
(トルストイ)

日々の戒め(107)



生くるかぎり学べ。老年が叡智をもたらすのを拱手して待つなかれ。
(ソロン)

からすA モノローグ



からすA
「腐ったハクサイ、こんなものを食べてるときではない。私には大きな使命があるのだ。からすの尊厳を守るための大きな使命だ。この雀との戦いは、からすのレーゾンデートルを回復する戦いなのだ。ハクサイ、こんなもの食べてはいけない。われわれからすとはハクサイを食う存在ではない。人間のゴミをあさる存在でもない。誇り高い存在なのである。しかし、ほとんどのからすはそれを忘れてしまっている。見よ、今のからすの姿を。ゴミをあさる、寝る、ゴミをあさる、寝る、ゴミをあさる、寝る、ゴミをあさる、寝る、あ〜っ、ちがうちがうちがう、百万回ちがう。からすはもっと高次元の霊的存在なのである。それが、人間の出したゴミをあさるなんて。だれも気が付いていない。まして最近は人間に食べ物をねだるというものまでいるという。言語道断である。う〜、腹減ったぁ〜。からすは高次元の霊的存在である。腹が減ってもがまん、がまん。雀との戦いをとおして、存在の実相に至ることができるのだ。雀の大群に身をつつかれる恐怖に打ち勝ち、あー腹減った、極度の精神的緊張のなかでからすは真のからすとしての存在を獲得できるのだっ。戦いこそが実存への道なのだ。抜け殻と化した日常を打ち破るのだ。われわれはノウテンキな雀とはちがうのだ。あー腹減った。腐ったハクサイでも食うか。いやいや、高次の霊的存在は食欲などという低次元の欲望に縛られるわけにはいかないのだ。腐ったハクサイ…。腹減ったなぁ…。…。…。食おうっ。ちょっとだけ…。」
<<back|<361362363364365366367368369370>|next>>
pagetop