大道芸ワールドカップ その3



今日も、ちょろっと大道芸ワールドカップを覗いてきました。相変わらずすごい人出です。昨日は一日の動員数では過去最高の83万人の人出があったそうですから驚きです。今日気が付いたことは、街にゴミが落ちていないことです。これだけ多くの人がいても、呉服町、七間町の通りにゴミがないんです。露店が出ていないこともありますが、事務局スタッフがゴミを拾ったり(天使の羽スタッフというマナーと環境問題を啓発するスタッフがいるらしい)気をつけていることにあるようです。街がきれいというのはとても気持ちのいいものです。昨日の夜は駿府公園に行ってきましたが、そちらでは会場のあちこちにゴミの分別コーナーがあって、出店で食べた跡のゴミはこのコーナーで分別して捨てるようになっていました。今日は何万人の人出だろう?そのうちの1%でいいから、青汁スタンドに来てくれればいいのになぁ。「お〜い、こっちでは青汁のいっき飲みやってるぞー」(さみしい…)

萩原朔太郎(18)



 旅上

ふらんすへ行きたしと思へども
ふらんすはあまりに遠し
せめては新しき背廣をきて
きままなる旅にいでてみん。
汽車が山道をゆくとき
みづいろの窓によりかかりて
われひとりうれしきことをおもはむ
五月の朝のしののめ
うら若草のもえいづる心まかせに。

日々の戒め(66)



全体によって活気づこうと欲するなら、
全体を極小のものの中にも看取しなければならない。
(ゲーテ)

大道芸ワールドカップ その2



お店を開ける前に、ちょっと覗いてきました。伊勢丹前から青葉シンボルロードにかけてぐるっとしてきただけですが、すごい人です。小さな子どもを連れた家族連れから年配の人たちまで様々。パフォーマンスをしているポイントのあたりは通り抜けるのも大変なくらいです。でも、歩いているうちに、人の顔がとてもいい顔をしている、ということに気が付きました。イベントや祭りなどで人が集まると高揚した気持ちになるのか、大概は勢いのいい声や物音があふれかえっていますが、ここはずっと穏やかです。観客はパフォーマーの演技をわくわくしながら見入って、すばらしい演技には拍手喝采。パフォーマーと観客とが一つになる空間が、街を舞台にしてあちこちで生まれています。これはとてもいいイベントなのだなぁと、改めて感じた次第です。

大道芸ワールドカップin静岡2006

萩原朔太郎(17)



こころ

こころをばなににたとへん
こころはあぢさゐの花
ももいろに咲く日はあれど
うすむらさきの思ひ出ばかりはせんなくて。

こころはまた夕闇の園生のふきあげ
音なき音のあゆむひびきに
こころはひとつによりて悲しめども
かなしめどもあるかひなしや
ああこのこころをばなににたとへん。

こころは二人の旅びと
されど道づれのたえて物言ふことなければ
わがこころはいつもかくさびしきなり。

日々の戒め(65)



賢明に活動的で、自分の力を知り、節度と分別をもってそれを利用する人だけが、世の中で大いに志を遂げるだろう。
(ゲーテ)

大道芸ワールドカップ



静岡の大道芸ワールドカップも今年で15回目、今日から開催です。毎年200万人もの人出がある大きなイベントになりました。残念ながら私はお店があるので観れませんが、雰囲気だけでもと、午前中に呉服町通りを覗いてきました。準備をする人や一足早い見物客で、呉服町通りは既に始まっているかのようなにぎわいです。こうしたイベントは、街に笑顔を運んできてくれるからいいですよね(このところ気が滅入るようなニュースばかりですから…)。今日から5日の日曜日までやってますから、普段眉間に皺をよせてばかりいる方は、頭を空っぽにして観てみるのもいいんじゃないでしょうか。来週の月曜日まで、しばらく皺を伸ばして…(これは主に自分に向けて言ってますけど。)。観るのに疲れたら、青汁スタンドで青汁をどうぞ!

萩原朔太郎(16)



夜汽車

有明のうすらあかりは
硝子戸に指のあとつめたく
ほの白みゆく山の端は
みづがねのごとくにしめやかなれども
まだ旅びとのねむりさめやらねば
つかれたる電燈のためいきばかりこちたしや。
あまたるきにすにすのにほひも
そこはかとなきはまきたばこの烟さへ
夜汽車にてあれたる舌には侘しきを
いかばかり人妻は身にひきつめて嘆くらむ。
まだ山科は過ぎずや
空氣まくらの口金をゆるめて
そつと息をぬいてみる女ごころ
ふと二人かなしさに身をすりよせ
しののめちかき汽車の窓より外をながむれば
ところもしらぬ山里に
さも白く咲きてゐたるをだまきの花。

日々の戒め(64)


photo by yoshihiro ohmura

叡智とは多くを知ることではない。われわれは何もかもを知るわけにはゆかない。叡智とはなるべくたくさん知ることではなくて、どんなのが一番必要な知識で、どんなのがそうまで必要でなく、どんなのが最も必要でないかを知ることである。人間に必要な知識の中でも最も大事なのは、いかにして良く生きるかについての、つまり、いかにしてなるべく悪を行なわず、なるべく善を行なって暮らすようにするか、についての知識である。現代の人々はいろんな無駄なことは研究するけれど、この一番大事なことだけは学ぼうとしない。
(トルストイ)

路上喫煙等被害防止条例(静岡市)



静岡市では、先月の10月1日から歩きたばこを禁止する条例が施行されています。禁止の区域は呉服町商店街や七間町商店街など1.3キロで、たばこの火が当たる危険性や副流煙被害が起きやすい場所を考慮して決められたそうです。来年4月からは、違反者は過料2000円が徴収されるとか。愛煙家には住みにくい世の中になったものです。私はといえば、もう10年以上前に止めまして、今ではすっかり健康体になりました。でも、たばこほど、ここ何年かで悪者になったものはないですね。子どもの頃は、たばこは大人の証みたいなものに思えて、父親をはじめとした大人たちが吸う姿を見て、あこがれに近い思いをもっていたように思います。映画やテレビでも、渋い男性俳優や美しい女性が吸う姿を映していました。たばこを吸う姿の向こう側には、大人にしかわからない苦悩があり、哀しみがありました。今では、たばこを吸う人は、自分の健康を管理できないばかりか、他人の迷惑を顧みない悪者になってしまいました。社会の変化はとても早いものです。諸行無常の響きあり。南無阿弥陀仏…。