日々の戒め(139)



善良な人はあまり議論好きでないし、議論好きな人はあまり善良ではない。真に聡明な人は、いわゆる博学ではなく、いわゆる博学な人は、真に聡明な人ではない。真実のことばは往々耳に快くないし、耳に快いことばは往々真実ではない。
(「老子」)

ゴミを見つめるからす!



先日、車で店に向かおうとしていたときのことです。一羽のからすが、ゴミの袋を眺めておりました。最初は、少し離れたところから眺めているだけでしたが、少しずつ、ぴょんぴょんと近づいて、時折首をかしげながら、ごみ袋をのぞき込んでおります。足下には、残飯らしきもの散らかっております。別のからすが引っ張り出したのでしょうか。このからすは残飯には興味がない様子です。ごみ袋の中をじっと見ております。ゴミ袋の中の別の残飯を探し出して、くちばしで袋を破って引っ張り出すんだろうな、と車の中から見ておりましたが、からすは見ているばかりです。私は、「あ、からすがゴミ袋をつつく決定的瞬間を写真にとってやろうっ」と思い、デジカメで車の中から数枚を、そして、もっと近づいて撮ろうと車を降り忍び足で近づこうとしました。抜き足、差し足、忍び足っ。本当に三歩進んだところで、からすがこちらに気が付いたようです。からすは、あたふた、よろよろ、ばさばさと、飛び去っていきました。う〜、残念!からすはなかなか賢いっ。自分が写真に撮られることを瞬間的に察知してあたふたと回避行動をとったにちがいありません。あわてて逃げたのでしょうがないのでしょうけど、あとかたずけはちゃんとしてほしいなぁ。ほんとに賢かったら、あとをきちんと綺麗にしてゴミ袋をあさったという形跡を残さないくらいのことはしてほしいっ。人間がまったく気付かないうちに、ササッとゴミ袋に近づき、つんつんと袋に穴を開け、中の残飯をついついっと食べて、隠し持っていたセロテープでぺたぺたと穴をふさいで、サーッと去っていく。後でセロテープで補修された袋を見たおばさんが、「あらっ、またお隣の山田さんちだわ。テープで塞いだゴミ袋なんて使って。中のゴミが出ちゃったら困るのよねっ」なんて独り言を言いながら帰って行くにちがいありません。からすの仕業だなんて気が付かずに…。てなこと考えているうちに、おっといけねぇ、ちこくだぁってんで、急いで車に乗り込んで店に向かったのでした。(おいっ、おまえはかたずけていかないのかよっ)


日々の戒め(138)



精神によって生きる人は、彼が味わうさまざまな苦悩が、彼を自分の望む完成へのゴールへ近づけることをおのずと感じないではいられない。そのような人にとっては、苦悩もその苦みを失い、転じて幸福となるであろう。
(トルストイ)

日々の戒め(137)



実質的には、自身の内に根ざした思想のみに真実と生命とがあり、本当の意味で、われわれに理解できるのはただそれだけである。書物で読んだ他人の思想などは−言ってみれば他人の食卓の上の残パンであり、外国人からの借り衣裳である。
(ショーペンハウエル)

日々の戒め(136)



日常の目立たぬ義務を絶えず素直に、高い道義感をもって遂行することは、その人の性格を強固なものとし、俗世の騒擾の中にあっても、断頭台の上にあっても雄々しく強く振る舞う力を与えるであろう。
(エスマン)

日々の戒め(135)



全てのものが静かに神を語っているこの偉大な万物合一の世界で、信なき者はただ永遠の沈黙を見るのみである。
(ルソー)

からすの神性とは…。



からすA「白鷺爺と話したときは、からすの神性を獲得するなんて俺でもできそうな気がしたんだけど…、いったいどうしたらいいのやら〜。とにかく腹が減って…。エサを探してもミミズかオケラくらいしか見つからないし…。他の奴らは皆人間の出したゴミをあさっているんだろうなぁ。はたして、オケラを食っていてからすの神性が回復できるのだろうか?『お前の神性どのくらい?』『これくらい!』って、なんか、ちっちゃな神性のような気がするなぁ。神性なんだから、もっと、もぐもぐっ、もっと、こう大きいような、小さいような…。いや小さくちゃだめだろっ。大きい小さいを超越するんだ。大きいようで小さい、小さいようで大きい。もぐもぐっ。小さいオケラでも食べると腹が一杯になる、もぐっ、大きいオケラでも腹が一杯にならないとか?いやいやっ、何かがちがうような気がするな。オケラの大きさじゃないな。もぐもぐ。いや、オケラは関係ないんだっ。なにも食べなくても腹が一杯とか?はぐはぐ。いやいやいやっ、腹とか関係ないんだ。超越してなくっちゃ。もぐ。えっ?何も食べなくても生きていけるってこと?そりゃ、死んじゃってるてことじゃないのか?いや、まだ死にたくはない!もぐはぐ。生きていながら死んでるってこと?ん〜、食い物は関係なさそうだなっ。もぐもぐ。何を食べようが関係ないっ。とにかく何を食べようが神性は獲得できる。今度一度、人間のゴミをあさりに行ってみよう!そうだ!それがいい!うまいものがあるかも知れない。食べ物と神性は関係ないんだからなっ。もぐ、あっ、でもゴミの中に人間の手とか足とか指とかがあるかも知れないな。人間って、なんか、カレーに指を入れて食うらしいからな。食べ残しが捨ててあるかも。今度生まれ変わるとしたら、人間にだけはなりたくないなっ。悪魔って、人間のことを言うんだな。ゴミあさってたりなんかしてたら、拳銃で撃たれるかも知れないし…。ゴミあさりも命がけなんだな。もぐもぐ。」

日々の戒め(134)



善良で聡明な人の第一の特徴は、自分の知っていることは非常に少なくて、自分よりずっと賢い人が沢山いると思い、いつも人に教えることより、人に聞くこと学ぶことを願っている、ということである。人に教えたがり人を支配したがる者は、決してうまく教えることも、うまく支配することもできない。
(ジョン・ラスキン)

日々の戒め(133)



独りで行く方がよい。孤独(ひとり)で歩め。悪いことをするな。求めるところは少なくあれ。−−林の中にいる象のように。
(「ブッダの真理のことば・感興のことば」)

日々の戒め(132)



狂気は個人にとっては稀有なことである。しかし、集団、党派、民族、時代にあっては通例である。
(ニーチェ)