からすA モノローグ



からすA
「腐ったハクサイ、こんなものを食べてるときではない。私には大きな使命があるのだ。からすの尊厳を守るための大きな使命だ。この雀との戦いは、からすのレーゾンデートルを回復する戦いなのだ。ハクサイ、こんなもの食べてはいけない。われわれからすとはハクサイを食う存在ではない。人間のゴミをあさる存在でもない。誇り高い存在なのである。しかし、ほとんどのからすはそれを忘れてしまっている。見よ、今のからすの姿を。ゴミをあさる、寝る、ゴミをあさる、寝る、ゴミをあさる、寝る、ゴミをあさる、寝る、あ〜っ、ちがうちがうちがう、百万回ちがう。からすはもっと高次元の霊的存在なのである。それが、人間の出したゴミをあさるなんて。だれも気が付いていない。まして最近は人間に食べ物をねだるというものまでいるという。言語道断である。う〜、腹減ったぁ〜。からすは高次元の霊的存在である。腹が減ってもがまん、がまん。雀との戦いをとおして、存在の実相に至ることができるのだ。雀の大群に身をつつかれる恐怖に打ち勝ち、あー腹減った、極度の精神的緊張のなかでからすは真のからすとしての存在を獲得できるのだっ。戦いこそが実存への道なのだ。抜け殻と化した日常を打ち破るのだ。われわれはノウテンキな雀とはちがうのだ。あー腹減った。腐ったハクサイでも食うか。いやいや、高次の霊的存在は食欲などという低次元の欲望に縛られるわけにはいかないのだ。腐ったハクサイ…。腹減ったなぁ…。…。…。食おうっ。ちょっとだけ…。」

日々の戒め(106)



運命に偶然というものはない。人は運命に出会うのではなく、運命を創造するのである。
(ウィルメン)

日々の戒め(105)



自分の努力以外の何かに救いや幸福を見いだそうと思うことほど人間の力を弱めるものはない。
(トルストイ)

日々の戒め(104)



私は自分を導いてくれる光を探して世界中を歩きまわった。私は昼夜休むことなく探したが、とうとう私に真理を啓示する説教者の声を聞いた。その説教者は私の心の中にあり、私が世界中を探し回った光も私のなかにあった。
(ペルシャのスーフィー)

日々の戒め(103)




人間というものは、自分の欲するままどちらに向こうと、どんなことを企てようと、結局はいつでも、自然によってあらかじめ画された道にもどって来る。
(ゲーテ)

日々の戒め(102)



手で触れることができるものだけが存在すると考えるような人々は、まだまだきわめて無知蒙昧な人々と言うべきである。
(カント)

夜明けの疾走




青汁屋「くそっ。もうこんな時間だ。急げ、急げ、急げっ。」
アクティバン「ダダダ、ダダダ、ダダダっ。」
青汁屋「のろのろしてると、日が暮れちまうぞ。ケール、取りにいくのも楽じゃない。」
アクティバン「ダダダ、ダダダダダダダダダダダダー。」
青汁屋「早く帰ってラッキーの散歩だーっ。」
アクティバン「ダダダダーっ。」
青汁屋「雀とからすの戦い、どうなったかなぁ。」
アクティバン「ダダダッダダダァ。」
青汁屋「おっ。トラックだ。そういえばこの間、このバイパスでトラックに後ろから追突されて何人か死んだなぁ。おー、こわっ!」
アクティバン「ダー、ダダっ!」
青汁屋「命おしけりゃ安全運転。飲むなら乗るな、飲んだら乗るな、だなやっ。」
アクティバン「ダーダダダダダ、ダーダダダダダっ、ダダダ。」
青汁屋「しかしこの車、フロントにエンジンないし、エアバッグはないし、ABSもないし…、ぶつかったらいちころだなっ。」
アクティバン「ダダダっダダダダダダダダっ
青汁屋「でも、よく走るけど…。」
アクティバン「ダダダダダダダダダダー。
青汁屋「まぁ、走っても、所詮は軽自動車だな。走る棺桶ってとこか?」
アクティバン「おいっ、けんか売ってんのか。」
青汁屋「へっ?」

日々の戒め(101)



知恵の最後の結論はこうだ。
およそ生活でも自由でも、日々にこれをかち得て、
はじめてこれを享有する資格がある。
(ゲーテ)

日々の戒め(100)



人生の目標を精神的完成に置く人は、いかなる外的事件をも恐れるものではない。
(トルストイ)

日々の戒め(99)



享楽は卑しくする。
(ゲーテ)