日々の戒め(143)



決して誤ることのないのはなに事もなさない者ばかりである。生きたる真理の方へ邁進する誤謬は、死んだ真理よりもいっそう豊饒である。
(ロマン・ロラン)

日々の戒め(142)



議論なんか、いくらしたって物事がはかどるもんじゃありません。行なうべし、言うべからずですよ。
(モリエール)

幸せってなんだろうって、梅雨らしくない日に考えた。



今日は暑いです。いったい梅雨は何処へ行ってしまったのでしょうか。青汁スタンドの開店前に呉服町通りへ買い物に行きましたが、ここも暑い。当然ですが…。右手に見えるのが、「伊勢丹」です。ここらあたりを境に、写真を撮っている私の背中のほうは商店街も少し寂しくなってきます。写真の奥の方が、賑やかな静岡の中心街です。人通りのあまり多くない裏通りにある青汁スタンドの主人(私のこと)には、遠い遠い高嶺の花のようなところです。あきらかに、空気がちがいます。私のようなものがここから先に足を踏み入れようとすると、時々金縛りにおそわれます。それくらい畏れ多い場所なのです。聞くところによると、家賃も畏れ多いようです。古くからのお店も大分無くなっているようです。人の記憶もいい加減で、「前はなんだっけ?」てなところがたくさんあります。私が小学生のころに見た街は、遠い記憶の中にもやもやっとして判然としませんが、こんなにきれいな街ではなく薄暗くくすんだ白黒のスチールです。母親に連れられて田中屋(伊勢丹になる前のデパート)の食堂で飲んだクリームソーダだけが鮮やかな色彩を持っています。お子様ランチの小さな日の丸の旗もあったっけ。今、何かを飲んだり食べたりしてもあのときのような幸せな気分は味わえないですね。幸せってなんだろう?梅雨とは思えない今日の暑さは、そんな古い記憶を蘇らせました。

どこかで間違ったのかなぁ



先日、青汁スタンドを閉めて駐車場に向かう途中、静岡神明宮で獅子舞をやっておりました。境内の外から覗くと、祭りの提灯が掲げられ、太鼓の音がして少しにぎやかです。つい、ふらふらと誘われるように境内に入り、社殿の中を覗いて見ます。おお、獅子が踊っているではありませんか。真ん中に坐っている神主さんの頭の上にはご祝儀とおぼしき封筒が…。そして、獅子が神主さんの頭を丸ごとガブッ…、といったら爆笑ですが、そうはぜず、ご祝儀だけくわえ、拍手をあびておりました。無形文化財に指定されているような獅子舞ではないのでしょうが、こういう風景を見ると何となくホッとしますね。現代社会の日中の風景は殺伐としていてすさんだ人々の心をみるようですが、宵闇の中の提灯の暖かな光とその光の下にある人々の穏やかな笑顔には、幽かな記憶の中の遠く懐かしい日本があるような気がします。やっぱり、日本はどこかで間違っちゃったんでしょうかねぇ。なぁ〜んて考えながら、トボトボと家路につきました。

日々の戒め(141)



飄然として何処よりともなく来たり、飄然として何処へともなく去る。初なく、終を知らず、蕭々として過ぐれば、人の膓を断つ。風は、過ぎゆく人生の声なり。
(徳富蘆花)

銭亀ジェニーはどこへ行った?



青汁スタンドの近所の美容室で飼われている銭亀ジェニーのことは、おぼえていらっしゃるでしょうか?たかが亀一匹のことですから、お忘れの向きも多いかと思いますが、先日いなくなりました。一体どこへ行ったのだろうか?どこかへ連れ去られたのだろうか?北朝鮮がまた工作員を使って拉致したのだろうか。だが、なぜまた銭亀を…。

工作員A「おい、ジェニーなんて言うからパツキンのお姉ちゃんかと思ったら、亀だぜっ!」
工作員B「ほんとだぜっ。シャレんなんねぇ〜。」
工作員A「どうする?銭亀なんか連れて帰った日にゃ、収容所送りだぜ。」
工作員B「ん〜、じゃぁ、銭亀じゃなくてスッポンということで、将軍様へのおみやげにしよう!」
工作員A「こんな銭亀じゃ、すぐばれちまうだろ。」
工作員B「いや、鍋にしちまえば将軍様といえども見分けがつかないにちがいない。」
工作員A「おおっ、案外わからないかもなっ。じゃ、そういうことで。親愛なる指導者、金正日同士、万歳!」
工作員B「親愛なる指導者、金正日同士、万歳!」

というわけで、ジェニーは北朝鮮の工作員に拉致されてしまった…かも。

そのほかに考えられることとしては…
1 ジェニーは、狭苦しい水槽(現在は金だらい豪邸に)での暮らしに飽き飽きし、広い世界を見聞するために自力で脱出し、現在は上石町あたりを徘徊している。

2 学校帰りの小学生(3年女子)が、金だらいの中で首をもたげているかめに一目惚れし、「かわいい〜」といいながら連れ去り自宅で飼育している。

3 銭亀は、月の光でできる自分の影を見つめているうちに、影が人(亀)格を持ち始めたかのような錯覚にとらわれ、ある瞬間、亀の身体がスースーと月に向かって登りはじめ、とうとう、金だらいの中には亀の姿はなくなっていた。

4 通りすぎるOL達が「キャーッ、カワイイ。亀よっ、これ亀よっ」と毎日毎日騒ぐので、銭亀は「ああ、恥ずかしい。いっそ消えてしまいたい」と思っていたが、その強い念がついに銭亀の身体に作用し金だらいの水に溶けて消えてしまった。

さて、あなたは何番が妥当だとお考えになるでしょうか?

日々の戒め(140)



考えてみると世間の大部分の人は悪くなることを奨励しているように思う。悪くならなければ社会には成功はしないものと信じているらしい。たまに正直な純粋な人を見ると、坊ちゃんだの小僧だのと難癖をつけて軽蔑する。
(夏目漱石)

日々の戒め(140)



けふなり。けふなり。きのふありて何かせむ。あすも、あさても空しき名のみ、あだなる声のみ。
(森鷗外)

日々の戒め(140)


けふなり。けふなり。きのふありて何かせむ。あすも、あさても空しき名のみ、あだなる声のみ。
(森鷗外)

ゴミ出さないと生きていけないのか?



からすA「この間はびっくりしたなぁ。ちょっと人間のゴミ袋を観察してたら、知らない間に人間が近づいてきてたよ。変なものを手に持ってかまえてたから、あとすこし気が付くのが遅れてたら、撃ち殺されていたかもしれないな。まったく、人間てのは、恐ろしい生き物だ。あのゴミ袋の中身だって、われわれからすが食べられるものだってあるけど、それ以外の食べられないものがほとんどじゃないか。それもあんなに沢山!何が捨ててあってもわからないな。人間の死体はなかったようだけど…。よく殺し合いをするらしいからな。あんなに沢山のゴミを出さなくちゃ、生きていけないのかねぇ。恐ろしい生物だな。どこへ持ってくのか、どう処分してるんだか知らないけど、そのうちこのあたりは、ゴミだらけになっちまうな。いや、このままだったら宇宙があいつらのゴミだらけになっちまう。たしかに、からすの神性を獲得するためには、何を食っても関係ないかも知れないけど、あのゴミ袋を漁るのはどうも気が進まないな(グ〜)。人間のゴミ袋を漁るということは、人間の生活システムに組み込まれるということで、つまりは、人間の生活行動を、ひいては人間の存在自体をを是認するということに他ならない。「ほら、やっぱりからすだって人間のゴミが必要なんじゃないか。」てなこと言いながら、にやにやしているに違いない。やつらのそんな企みにだまされる私ではない。腹は減ってもからすだ!(グ〜)オケラを食ってもからすの神性を獲得してやるぞ!」