日々の戒め(54)


photo by yoshihiro ohmura

死を恐れる人間は真に生きてはいない。
(ゼイメ)

萩原朔太郎(6)



 緑色の笛

この黄昏の野原のなかを
耳のながい象たちがぞろりぞろりと歩いてゐる。
黄色い夕月が風にゆらいで
あちこちに帽子のやうな草つぱがひらひらする。
さびしいですか お孃さん!
ここに小さな笛があつて その音色は澄んだ緑です。
やさしく歌口をお吹きなさい
とうめいなる空にふるへて
あなたの蜃氣樓をよびよせなさい
思慕のはるかな海の方から
ひとつの幻像がしだいにちかづいてくるやうだ。
それはくびのない猫のやうで 墓場の草影にふらふらする
いつそこんな悲しい暮景の中で 私は死んでしまひたいのです。お孃さん!

日々の戒め(53)



賢くなろうと思ったら、賢い質問をし、注意深く聞き、落ち着いて答え、言うことがなくなったら黙るがよい。
(ラファエル)

富士山初冠雪



先日の日曜日、愛犬ラッキーの散歩中にみた富士山です。頂上のあたりがちょろっと白くなっているのが見えました。普段は特別富士山を気にして見てるわけではないですが、何故かこのときは気になったんです。「頂上が白いと言うことは…、雪かぁ。ひょっとして初冠雪か?」と、独り言。あとでニュースを見ると、やっぱり初冠雪であるらしい。そのときの富士山は、どことなく、初めてのお化粧の初々しさというか…、清々しさというか…、特別な光の反射だったような気がします。そう言うのって、あると思いませんか?まだ夏の記憶もわずかに残っているくらいなのに、富士山の上の方ではもう冬。秋も始まったばかりと思っていても、冬はひそかにその陣地を広げつつあるようです。

萩原朔太郎(5)



 沖を眺望する

ここの海岸には草も生えない
なんといふさびしい海岸だ
かうしてしづかに浪を見てゐると
浪の上に浪がかさなり
浪の上に白い夕方の月がうかんでくるやうだ
ただひとり出でて磯馴れ松の木をながめ
空にうかべる島と船とをながめ
私はながく手足をのばして寢ころんでゐる
ながく呼べどもかへらざる幸福のかげをもとめ
沖に向つて眺望する。

日々の戒め(52)


photo by yoshihiro ohmura

慣れようと思うなら、
よいこと、美しいことになれよ。
正しいことだけをなせ。
結局、劣悪なものは屈従し、仕えるようになる。
(ゲーテ)

萩原朔太郎(4)


photo by yoshihiro ohmura

 野原に寢る

この感情の伸びてゆくありさま
まつすぐに伸びてゆく喬木のやうに
いのちの芽生のぐんぐんとのびる。
そこの青空へもせいのびをすればとどくやうに
せいも高くなり胸はばもひろくなつた。
たいそううららかな春の空氣をすひこんで
小鳥たちが喰べものをたべるやうに
愉快で口をひらいてかはゆらしく
どんなにいのちの芽生たちが伸びてゆくことか。
草木は草木でいつさいに
ああ どんなにぐんぐんと伸びてゆくことか。
ひろびろとした野原にねころんで
まことに愉快な夢をみつづけた。

日々の戒め(51)



実質的には、自分自身の内に根ざした思想のみに真実と生命とがあり、本当の意味で、われわれに理解できるのはただそれだけである。書物で読んだ他人の思想などは−言ってみれば他人の食卓の上の残飯であり、外国人からの借り衣装である。
(ショーペンハウエル)

萩原朔太郎(3)



 月夜

重たいおほきな羽をばたばたして
ああ なんといふ弱弱しい心臟の所有者だ。
花瓦斯のやうな明るい月夜に
白くながれてゆく生物の群をみよ
そのしづかな方角をみよ
この生物のもつひとつのせつなる情緒をみよ
あかるい花瓦斯のやうな月夜に
ああ なんといふ悲しげな いぢらしい蝶類の騷擾だ。

日々の戒め(50)


photo by yoshihiro ohmura

もし物事が我欲を離れ、我意を離れてなされるならば、何もかも容易に、何もかもうまく行なわれるであろう。
(トルストイ)