日々の戒め(50)



朗らかな心で私は理解したいと願う、
目と耳の提供するものを。
(ゲーテ)

めだか(2)



志お川さんちのめだかは、バケツで泳いでいます。今日は雨降りですが、めだかはなんだか楽しそうで、つーいついと泳いでいます。よ〜くみると、2ミリくらいのちっちゃなめだかの子が2匹、チロチロとしているではありませんか。夏生まれた子はおばさんが金魚鉢特別収容所に送り込んで厳しい訓練を課していますが、生まれ遅れた子がいたようです。早速おばさんに報告しましたので、発見され次第、収容所送りになるに違いありません。ただ、収容所の先輩子めだかも厳しい訓練の結果一筋縄ではいかない荒くれめだかになっていますので、ちびめだかは先輩めだかの乱暴な歓迎に耐えられるかどうか。また、運良くおばさんの捜索を逃れたとしても親めだかの食欲の犠牲にならずに済むことが出来るのか。結果は次回を乞うご期待。(次回があるの?)

萩原朔太郎


photo by yoshihiro ohmura

 薄暮の部屋

つかれた心臟は夜をよく眠る
私はよく眠る
ふらんねるをきたさびしい心臟の所有者だ
なにものか そこをしづかに動いてゐる夢の中なるちのみ兒
寒さにかじかまる蠅のなきごゑ
ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ。

私はかなしむ この白つぽけた室内の光線を
私はさびしむ この力のない生命の韻動を。

戀びとよ
お前はそこに坐つてゐる 私の寢臺のまくらべに
戀びとよ お前はそこに坐つてゐる。
お前のほつそりした頸すぢ
お前のながくのばした髮の毛
ねえ やさしい戀びとよ
私のみじめな運命をさすつておくれ
私はかなしむ
私は眺める
そこに苦しげなるひとつの感情
病みてひろがる風景の憂鬱を
ああ さめざめたる部屋の隅から つかれて床をさまよふ蠅の幽靈
ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ。

戀びとよ
私の部屋のまくらべに坐るをとめよ
お前はそこになにを見るのか
わたしについてなにを見るのか
この私のやつれたからだ 思想の過去に殘した影を見てゐるのか
戀びとよ
すえた菊のにほひを嗅ぐやうに
私は嗅ぐ お前のあやしい情熱を その青ざめた信仰を
よし二人からだをひとつにし
このあたたかみあるものの上にしも お前の白い手をあてて 手をあてて。

戀びとよ
この閑寂な室内の光線はうす紅く
そこにもまた力のない蠅のうたごゑ
ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ。
戀びとよ
わたしのいぢらしい心臟は お前の手や胸にかじかまる子供のやうだ
戀びとよ
戀びとよ。

日々の戒め(49)



われわれみんなの個我は、その中に宿る神性をを覆う被覆物である。われわれが個我を脱却すればするほど、われわれの内の神性ははっきり現れる。
(トルストイ)



「鴉です。勘の鋭い方は、私が出るのではとお考えになっていたかもしれません。出るか出ないか迷いましたが、管理者の都合と鳩勢力に対する対抗上出ることにいたしました。そもそも、鳩というのはけしからん存在であります。過去において、私どもが小賢しい悪党であるかのように言われていた一方で、実態とかけ離れた平和のシンボルであるかのように扱われ、人間に媚びを売りながら安穏と暮らしていたのであります。しかし近年は、その仮面がついにはがされ、怠け者でフンをまき散らす公害鳥であることが露呈したのであります。ところがであります。喜びもつかの間、彼らはあろうことに私たち鴉の縄張りを、数に物を言わせて占領し始めたのであります。こんな暴挙が許されていいのでしょうか。あっ、ゴミ袋が…。失礼、ちょっとつついてまいります。」

島崎藤村(9)


photo by yoshihiro ohmura

 潮音


わきてながるゝ
やほじほの
そこにいざよふ
うみの琴
しらべもふかし
もゝかはの
よろづのなみを
よびあつめ
ときみちくれば
うらゝかに
とほくきこゆる
はるのしほのね

日々の戒め(48)



人間というものは、自分の欲するままにどちらに向こうと、どんなことを企てようと、結局はいつでも、自然によってあらかじめ画された道に戻ってくる。
(ゲーテ)

静岡銀行本店



呉服町通りと本通りが交差するところに、静岡銀行本店(旧三十五銀行)があります。昭和6年の竣工ですから、静岡大火や空襲の被害を逃れた貴重な建築物です。設計は中村與資平で、中村は明治、大正、昭和にかけて活躍した建築家で、浜松市出身。韓国や中国の西洋建築も手がけ、すばらしい建物が残されています。静岡市内には他に、県庁本館、静岡市役所本館が中村の設計になるものです。普段何気なく見ている建物ですが、あらためてよく見ると、そこには設計者の思想が現れているような気がします。最近の建物はどうでしょうか?構造計算書が偽装されていなくても、そこに思想はあるのでしょうか?

島崎藤村(8)


photo by yoshihiro ohmura

  千曲川旅情の歌


  一

小諸なる古城のほとり
雲白く遊子悲しむ
緑なすはこべは萌えず
若草も藉くによしなし
しろがねの衾の岡邊
日に溶けて淡雪流る

あたゝかき光はあれど
野に滿つる香も知らず
淺くのみ春は霞みて
麥の色わづかに青し
旅人の群はいくつか
畠中の道を急ぎぬ

暮れ行けば淺間も見えず
歌哀し佐久の草笛
千曲川いざよふ波の
岸近き宿にのぼりつ
濁り酒濁れる飮みて
草枕しばし慰む

  二

昨日またかくてありけり
今日もまたかくてありなむ
この命なにを齷齪
明日をのみ思ひわづらふ

いくたびか榮枯の夢の
消え殘る谷に下りて
河波のいざよふ見れば
砂まじり水卷き歸る

嗚呼古城なにをか語り
岸の波なにをか答ふ
過し世を靜かに思へ
百年もきのふのごとし

千曲川柳霞みて
春淺く水流れたり
たゞひとり岩をめぐりて
この岸に愁を繋ぐ

日々の戒め(47)



なんだって君はいつまでもぐずぐず思案して、
世間とことをかまえ、自分を苦しめるのか。
明朗さとまっすぐな心だけが、
終局の勝利を与えてくれる。
(ゲーテ)