別雷神社 お参り



別雷神社は、静岡市役所から西に延びる青葉シンボルロードと昭和町通りが交差するあたり、青葉交番の北側にあります。創建は273年(応神4年)ととても古く、京都の賀茂別雷神社の分霊社ということで由緒のある神社だそうです。このあたりが「安倍の市」といわれていた頃繁栄の守護神としてまつられたそうです。今日は「静岡青汁スタンド」の繁栄を祈願してまいりました。ぱんぱん。ところで、鳥居にかかるしめ縄ですけど、縄の部分が雲、〆の子(房のようなもの)が雨、紙垂(しで)が雷を表しているんだそうです。今年雨が多かったのは、このでかい房が原因じゃないだろうか。このあたりを調整すると、雨の量もコントロールできるような…。でも、造形的には大変すばらしい。

高村光太郎(11)


photo by yoshihiro ohmura

冬が来た

きっぱりと冬が来た
八つ手の白い花も消え
公孫樹の木も箒になった

きりきりともみ込むような冬が来た
人にいやがられる冬
草木に背かれ、虫類に逃げられる冬が来た

冬よ
僕に来い、僕に来い
僕は冬の力、冬は僕の餌食だ


しみ透れ、つきぬけ
火事を出せ、雪で埋めろ
刃物のような冬が来た

日々の戒め(30)



真に必要な唯一の学問は−人間いかに生くべきかについての学問である。
そしてそれは万人の手に届く学問である。
(トルストイ)

日々の戒め(29)



こうしてわたしは、たえまなく
聖ディオゲネスのように、わたしのたるをころがす。
まじめなことあり、冗談のことあり、
愛あり、憎しみあり、
これかと思えば、あれ、
無かと思えば、何かあるもの。
こうしてわたしは、たえまなく、
聖ディオゲネスのように、わたしのたるをころがす。
(ゲーテ)

浅間通り赤鳥居(中町)



静岡市の浅間神社は、「おせんげんさん」と呼ばれ親しまれています。子どもの頃は、静岡まつりで露店が境内から浅間通りまで沢山出ると、毎日のように行っていました。べっこう飴や綿菓子、焼き鳥、焼きそば、金魚すくい、おもちゃや、パチンコなんかあったなぁ。でも、一番は、妖怪屋敷。ろくろ首とか、蛇を食いちぎる野人とか、井戸の中の幽霊とか、あやしい出し物がたまりませんでした。この赤鳥居は中町交差点の鳥居で、ずっと奥のこんもりした山に「おせんげんさん」があります。この反対側(写真を撮っている私の背中側)はどうなっているかというと、駐車場になっています。私の母が申しますには、「そこはおせんげんさんの正面になるから何の商売やっても儲からない」のだそうです。(でも、何故だ?)

静岡天満宮



静岡市で合格祈願というと静岡天満宮が有名です。中町交差点から本通りを西へ行ってすぐのところです。私は受験生の時には不真面目でしたので、ここにお世話にはなりませんでしたし、今回初めて行ったくらいで、大変不謹慎ではあります。鳥居と梅の木に隠れて本殿が見えないような写真を撮ってくること自体、大変不謹慎です。右に写っている静岡天満宮と彫られた石碑があるから、かろうじてここが何処かわかります。この碑はスチールの枠がつけられていて、どうしても御利益にすがりたい輩が、石を削ってもっていくのをかたくなに拒んでいます。台座の部分は枠がないので削れそうですが、台座じゃ御利益はないのかあまり削られていません。受験生の気持ちを考えると、ちょっとくらい削らせてあげてもいいんじゃないかなぁ、安物の石にしといて…。それか、かけらを1個500円くらいで売るとか…。私が売ろうかな…、不謹慎かな?

高村光太郎(10)



荒涼たる帰宅

あんなに帰りたがつてゐた自分の内へ
智恵子は死んでかへつて来た。
十月の深夜のがらんどうなアトリエの
小さな隅のほこりをきれいに清め、
私は智恵子をそつと置く。
この一個の動かない人体の前に
私はいつまでも立ちつくす。
人は屏風を逆さにする。
人は燭をともし香をたく。
人は智恵子に化粧する。
さうして事がひとりでに運ぶ。
夜が明けたり日が暮れたりして
そこら中がにぎやかになり、
家の中は花にうづまり、
何処かの葬式のやうになり、
いつのまにか智恵子が居なくなる。
私は誰もいな暗いアトリエにただ立ってゐる。
外は名月といふ月夜らしい。

日々の戒め(28)


photo by yoshihiro ohmura

どんな賢明なことでも既に考えられている。それをもう一度考えてみる必要があるだけだ。
(ゲーテ)

高村光太郎(9)



秋の祈

秋は喨々と空に鳴り
空は水色、鳥が飛び
魂いななき
清浄の水心にながれ
こころ眼をあけ
童子となる

多端紛雑の過去は眼の前に横たわり
血脈をわれに送る
秋の日を浴びてわれは静かにありとある此を見る
地中の営みをみづから祝福し
我が一生の道程を胸せまつて思ひながめ
奮然としていのる
いのる言葉を知らず
涙いでて
光にうたれ
木の葉の散りしくを見
獣の嬉々として奔るを見
飛ぶ雲と風に吹かれる庭前の草とを見
かくのごとき因果歴々の律を見て
こころは強い恩愛を感じ
又止みがたい責めを思い
堪へがたく
よろこびと寂しさと恐ろしさとに跪く
祈る言葉を知らず
ただわれは空を仰いでいのる
空は水色
秋は喨々と空に鳴る

日々の戒め(27)


photo by yoshihiro ohmura

君たち全ての者に告げる。
君たちが遭遇する事件は全て
君たち自らが招き寄せたものである。

その事件の発展の方向を決めるのは
もちろん君たちであって神ではない。
(リチャード・バック)